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アレハンドロ・ホドロフスキー

アレハンドロ・ホドロフスキー

アレハンドロ・ホドロフスキー

Alexandro Jodorowsky国によってはAlejandro Jodorowsky

映画監督。

1929年2月7日生まれ。

チリ出身のロシア系ユダヤ人。

アフロ2人組みお気に入りの映画監督。

ホドロフスキーの映画は、TMVのジャケットアートワーク、世界観に影響を与えたと言われる。

カルト映画の父

1967年に発表したデビュー作「ファンド・アンド・リス」は過激な内容から、メキシコ映画祭で暴動がおきる。

1970年に「エル・トポ」を発表。西部劇でありながら、哲学的・宗教的な内容とビジュアルセンスが話題を呼び、NYのミニシアターでレイト上映ながら半年にも及ぶロングランを記録。アンディ・ウォーホル、ミック・ジャガー、オノ・ヨーコが劇場に足を運び、ジョン・レノンにいたっては四回も観たと言われ、「エル・トポ」の興行権と次回作の興行権を買収したほど。*1「もしフェリーニが西部劇を、黒澤明がキリスト映画を撮ったらこうなった」と欧州・欧米で絶賛される。今日でも最も重要な作品の1つとして評価されている。

1973年に「ホーリー・マウンテン」を発表。公開からおよそ2年半のロングランを達成。サイケデリックなビジュアルと荒唐無稽なストーリー展開からLSDムービーと呼ばれ、ホドロフスキーの最高傑作との呼び声が高い。当初はジョージ・ハリソンが主演する作品であったが、脚本に彼の「アナル」を映すシーンがあったことでホドロフスキーと衝突。ジョージ・ハリソンは降板し、ホドロフスキー自らが主演することになった。

1989年に実の息子ブロンティス・ホドロフスキー主演で「サンタ・サングレ」を発表。「初めて商業映画を意識した作品」とホドロフスキーが発言している。

上記の他に日本未公開の「Tusk」「The Rainebow Thief」を発表しているが、ホドロフスキーが認める真の「自分の子供たち」は上記3作品であるとのこと。

実現しなかった作品

  • 「デューン/砂の惑星」  脚本は完成しており、美術をH・R・ギーガー、音楽をピンク・フロイド、サルバドール・ダリが特別出演が決まっていた。かなりの大作であるために配給元が決まらず、製作を断念。
  • 「O嬢の物語」  エロス大作。ホドロフスキーが「商業映画は撮れない」と企画を断る。
  • 「指輪物語」  ホドロフスキーの大ファンだったジョン・レノンと進めていた企画。ジョン・レノンとオノ・ヨーコが出演するとされていたが、こちらも製作段階で衝突、もしくは資金面で折り合いがつかず断念。

完璧主義で大作思考であることと、難解で過激なテーマ・内容の為に非常にプロデューサー泣かせの監督であると言える。

日本との関係

日本にホドロフスキーの名が知れ渡るようになったのは、寺山修司が映画祭でホドロフスキーの作品を観て絶賛したため。

禅を学んでいたことがあり、東洋文化、東洋思想に詳しい。日本映画や日本のアニメの影響を受けていて日本への造詣が深い。大友克洋と個人的な親交があり、漫画「AKIRA」のラストシーンは飲み屋でホドロフスキーがアイディアを提供したものであるらしい。

現在

漫画の原作を手がけたり、フィリップ=カモワン氏と組んで、マルセイユ・タロットの研究・復刻事業に取り組んでいる。また、「エル・トポ」の続編、「エル・トポの息子」をマリリン・マンソン出演で企画を進めているとのことで、ホドロフスキー自身が企画を実現させたいとインタビューで語っている。


アレハンドロ・ホドロフスキー DVD デラックス BOX

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*1:しかし、大きな劇場で「エル・トポ」を10時からの5回上映をするも、3日で上映打ち切りになってしまう。


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